LOGIN目覚ましは鳴っていない。それなのに、目は覚めた。
目が覚めて、最初に伸ばしたのは、枕元のリモコンだった。テレビをつけると、部屋の静けさを切り裂くようにニュース番組の音が流れ込んでくる。
まだ頭が完全に起きていないのに、現実だけが強引に入り込んでくる。どの局も、同じ話題だった。
『――昨夜の連続自爆テロ事件ですが、現在も被害の全容は把握できていません』
アナウンサーの声は落ち着いている。
だが、画面の下を流れるテロップは違った。 赤く、太く、強い言葉ばかりが並んでいる。【連続自爆テロ】【各地で同時発生】【動機は不明】
現場映像、専門家のコメント、そして何度も繰り返される調査中という言葉。
場所はぼかされ、被害は数百人規模とはっきりしない表現ばかりだ。(……結局、何も分からないじゃないか)
画面を見つめながら、無意識に歯を食いしばっていた。
テレビを見
朝、目が覚めた瞬間、胸の奥が落ち着かなかった。 まだカーテンの隙間から差し込む光は弱く、部屋は薄暗い。 時計を見ると、まだ六時前だった。 普段の休日なら、もう少し寝ている時間だが、今日は違う。(……今日だ) 胸の奥で、ゆっくりと心臓が強く鳴る。 照宮さんとのデートの日。 昨日、何度も頭の中でシミュレーションした。 服装も決めたし、映画のチケットも、ホテルディナーも部屋の予約も済ませてある。 それなのに――なぜか落ち着かない。 ベッドから起き上がり、大きく息を吐いた。「……よし」 小さく声に出してみる。 それだけで、少しだけ覚悟が決まる気がした。 軽く朝食を済ませ、顔を洗い、シャワーを浴び、髪を整える。 鏡の前でネクタイを締めるわけではないが、それでも何度も服を確認した。(……変じゃないよな) 鏡の中の自分を見つめる。 どこにでもいそうな男だ。特別かっこいいわけでもない。(今日は、これで行くしかない) 自分に言い聞かせるように頷く。 準備を終え、バッグを手に取った。 そのとき、ふと思い出す。(……あ) 昨日、信先輩にもらったもの。 財布から取り出し、改めてそれを見る。 小さな包み。コンドーム。「……」 思わず、苦笑してしまう。 葬儀のあとに渡されたものとしては、あまりにも場違いだった。 でも信先輩は真面目な顔で言っていた。『お守り代わりだ』 その言葉が頭に浮かぶ。「……お守り、か」 小さく呟く。 まだ、照宮さんとはそういう関係じゃない。 むしろ、今日だってどうなるか
朝、工場の門をくぐった瞬間、空気の重さを感じた。 冬の朝特有の冷たい空気とは、また違う。 どこか張りつめたような、言葉にしにくい重さが、敷地全体に漂っている。 自転車を駐輪場に止めながら、俺は小さく息を吐いた。(……やっぱり、そうだよな) 昨日の通夜。会社の人間の家族が巻き込まれたとなれば、当然こうなる。 いつもならこの時間、工場はそれなりに賑やかだ。 作業服姿の男たちが現場に向かいながら雑談をして、誰かがくだらない冗談を言って、それに誰かが突っ込む。 そんな、ありふれた朝。 でも今日は違う。 みんな、声が小さい。笑い声なんて、ひとつも聞こえない。 誰もが、どこか気まずそうな顔をしている。 何を話していいのか分からない、そんな空気だ。 俺はタイムカードを押しながら、小さく呟いた。「……おはようございます」「おはよう、けいちゃん」 返事をくれる経理のおばちゃんにも、いつもの調子はない。 それ以上、会話は続かなかった。 しばらくして、朝礼の合図のチャイムが鳴る。 普段なら工場長が連絡事項を伝えて、ラジオ体操をして終わるだけの簡単な朝礼だ。 だが今日は違った。月初でもないのに、社長が前に出てきた。 社長の顔は、明らかにいつもと違い、表情が硬い。 しばらくの沈黙のあと、社長はゆっくり口を開いた。「……みんな、もう知っているとは思うが、信の奥さんと娘さんの葬儀が昼からある」 空気が、さらに重くなる。 誰も何も言わず、ただ、全員が黙って社長の言葉を聞いていた。 社長は一度、息を吐く。 少しだけ、言葉を選ぶように間が空く。「仕事の都合もあるから、全員とは言わん」 それから、ゆっくりと俺たちを見回した。「だが、仕事に余裕がある者は、葬儀に参列し
家に帰って、玄関のドアを閉めた。がちゃり、と鍵の音がやけに大きく響く。 部屋の電気をつけると広がるのは、いつもと同じ部屋、同じ景色。 なのに――今日は、どこか違って見えた。「……はぁ」 思わず小さく息が漏れる。 ベッドに腰を下ろし、ぼんやりとテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押す。画面が点き、ニュース番組が流れ始める。 やっていたのは――やっぱり、あの事件だった。『本日も引き続き、連続自爆テロ事件についてお伝えします――』 落ち着いたアナウンサーの声が部屋に流れる。 画面には、警察車両。規制線。ぼかされた現場の映像。『犯行声明を出した宗教団体について、警察は関係者の事情聴取を進めており――』 宗教団体。犯行声明。犠牲者。そんな言葉が、淡々と並んでいく。 ニュースの中では、ただの情報だ。 でも――(その中に……信先輩の家族も、含まれている) 胸の奥が、重く沈む。テレビの音だけが部屋に流れていた。 俺にとってテロなんて、ニュースの中の出来事だった。 遠い世界の話。どこかの国の出来事みたいに感じていた。 でも――違った。(現実なんだ、これは……) 俺はベッドに仰向けになり、天井を見上げた。 白い天井。何もない、ただの天井。そこに、信先輩の顔が浮かぶ。 通夜の会場で見た、あの顔。 疲れていた。目の下には濃い影ができていて、顔色も悪かった。 それでも――俺に笑って「よかったな」と言ってくれた。 あんな状況なのに。自分の奥さんと娘さんを亡くしたばかりなのに。 胸の奥が、じんと熱くなる。 おもわず、両手で顔を覆った。「……信先輩」 ぽつりと呟き、ゆっくり息を吐いた。(土曜日…
朝、目が覚めた瞬間、まず最初に思い出したのは――昨夜の食事会だった。 布団の中で天井を見上げながら、思わず小さく息を吐く。(夢じゃないよな) そう確認するみたいに、昨夜の出来事が、まだ体の奥に残っている気がした。 照宮さんと二人で食事をして、笑って、話して。 そして――土曜日の約束。 思い出すだけで、自然と口元がゆるむ。 ベッドからゆっくり起き上がり、カーテンを開けた。 冬の朝の光が、薄く白い色をして部屋に差し込んでくる。 冷えた空気が、ガラス越しに感じられた。「……寒」 ぼそっと呟きながら伸びをする。 気分は不思議と軽かった。 同じ部屋で、同じ朝を迎えているはずなのに、どこか違う気がした。 朝食をすませ、顔を洗いながら、洗面台の鏡を覗き込む。 そこに映っているのは、いつも通りの俺だ。寝癖が少し残っていて、眠そうな目をしている。 別にイケメンでもないし、特別かっこいいわけでもない、工場勤めの、どこにでもいる男。 でも、昨日の俺と、今日の俺。 何かが変わった気がする。 たぶんまた人生が一歩進んだ。そんな気がしているからだ。 歯を磨きながら、昨夜のやり取りを思い出す。 照宮さんは、あっさり言ったが、俺の中では、世界がひっくり返るくらい嬉しかった。(映画デート……って言っていいのかな) いや、まだそこまでじゃないかもしれない。ただ二人で映画を観に行くだけ。 でも、二人で出かけるのは確かだ。それだけで十分すぎるくらい嬉しい。(信先輩にも早く報告したいな) 自然とそんなことを思う。 会社で一番相談に乗ってくれていたのが、信先輩だった。 人生相談なんて大げさなものじゃないけど、いつも笑いながら背中を押してくれた。 だから、報告したい。 うまくいきましたって。 ありがとうございますって。 そう
玄関のドアを閉めた瞬間、ようやく現実に引き戻された気がした。 鍵を回す音が、やけに大きく響く。 靴を脱ぎ、照明のスイッチを入れると、見慣れたワンルームが白々しく浮かび上がった。 生活感はあるが、誰かを迎えることを想定していない部屋。(……帰ってきた、か) 身体は確かに疲れている。 朝から仕事をして、食事の間、緊張し続けて、最後は事件まで起きた。 それなのに、頭だけが妙に冴えていて、休まる気配がない。 部屋着に着替えながら、今日のことが、何度も脳裏に再生される。 照宮さんの笑顔。 俺の銀髪を見て、迷いなく素敵と言ってくれた声。 アニメや映画の話で、自然に距離が縮んでいった感覚。 思い出すたび、口元が勝手に緩む。(……だめだな) こんな浮かれ方をする歳でもないだろうに。 自分で自分を戒めるが、胸の奥に残った温かさは消えてくれなかった。 シャワーを浴び、身体を温める。 湯気の向こうで、頭の中が少しだけ整理されていく。 ベッドに腰を下ろした瞬間、ほとんど反射的にスマホを手に取っていた。 今日一日の報告を、待っている場所。 ここだけは、嘘をつかなくていい。 指先が、ほんの少しだけ震える。 書き込む前に、一度深呼吸をする。 最後に書き込んでから、今までの流れを遡って確認する。 そこにはテロに巻き込まれていないかと、俺を心配するレスがいくつもあった。(……あ) 画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。 胸の奥が、じん、と熱を持ち、喉の奥が、わずかに詰まる。 ただの文字だ。 顔も知らない、年齢も職業も分からない連中。 それなのに、俺を心配してると伝わってくるだけで、こんなにも胸にくる。(……ありがとう)
ビールは冷たいはずなのに、体の内側がじんわりと温かくなっていくのが分かる。 照宮さんは、カクテルを軽く揺らしながら、こちらを見ていた。 さっきから、何度か視線が合う。そのたびに、胸の奥が小さく跳ねる。(……聞くなら今だ) さっきから何度も、言おうとしては飲み込んできた言葉。 言ってしまえば、空気が変わるかもしれない。 言わなければ、このまま、なかったことにもできる。 それでも――俺は、意を決して口を開いた。「あの……」「はい?」 照宮さんが、首を少し傾ける。その仕草が、妙に大人っぽい。「俺の……髪の色って、気にしないんですか?」 一瞬、間があった。ほんの一拍分だが、その沈黙が妙に長く感じられた。 照宮さんは、きょとんとした顔をしている。「……髪の色、ですか?」「はい。銀色って……目立って、変じゃないですか」 自分で言っていて、少し苦笑いが漏れる。 だが、照宮さんは少し考えるように視線を上げ、それから、ふっと表情を和らげた。「変……ですか?」「え?」「私は……素敵だと思いますよ」 さらっと、そう言われた。「銀色って、きれいじゃないですか。光の当たり方で表情も変わりますし」 一瞬、頭が追いつかなかった。「……ありがとうございます」 反射的に、そう答えていた。 照宮さんは続ける。「それに……似合ってます。伊原さんの雰囲気に」 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。(……だめだ、これ) ビールのせいなのか。それとも、この落ち着いた個室の空気のせいな